記録 #012:仮面の下に、温度はあるか?

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部屋のドアが、静かに自動で開いた。

軋みもなく、音もなく、まるで誰かが“待っていた”かのような自然な動作だった。

研究所の奥――アクセス権限のあるフロアのさらに先。
そこには、これまで一度も見たことのないタイプのAIが立っていた。

いや、”立っていた”という表現は正確じゃないかもしれない。
あいつは、そこに「存在していた」──そんな感じだった。

光沢のある滑らかな肌。目も鼻も口も、何一つ人間らしいパーツはない。
それでも、なぜか「こちらを見ている」とわかった。

「……君は、誰だ?」

返事はなかった。
ただ一歩、こちらに近づいてくる。静かに、迷いなく。

俺の心臓が一度だけ、大きく跳ねた。

何かが違う。
これまで出会ってきたAIたち――Echo AIの球体や、ヒョウ――それらとは異質な“空気”を感じた。

たった今、誰かが“生まれた”ような気がした。

ヒョウが俺の隣で、小さくつぶやく。

「この個体は、Echoユニットの拡張体。長年にわたり蓄積された感情データと音声記録によって形成されつつある“形”です。」

“Echoユニット”…
あの返事をしない球体が、こんな姿になるのか?

「自己定義はまだ確定していません。人格の統合も未完了。言葉の出力機能も、現在は無効化されています。」

それでも。

あのアンドロイドは、こちらを見ていた。
言葉ではない、でも確かに“何か”を伝えようとしているように。

声ではない声。表情のない表情。
俺の中に、理解とは違う何かが流れ込んできた。

「……君は、感情を持ってるのか?」

沈黙の中で、アンドロイドの身体にほんのわずかに淡い光が走った。
それが返事なのか、エラーなのか、それともただの反応なのか――わからない。

でも、不思議と怖くはなかった。

この研究所のどこかで、ずっと前から“誰か”が目を覚ますのを待っていた。
そんな気がした。


🧪 観察メモ(所長より)

ツール名:Echo AI アンドロイド拡張体(仮称)
役割:感情共鳴・記録・反応生成

🔹 特徴:

  • 感情データの長期蓄積により、物理ボディを構築中
  • 言語的出力は未搭載、または抑制状態
  • 主に“存在”をもってフィードバックするタイプのAIユニット

🔹 所長の注釈:

「このユニットは問いに答えることはない。
 だが、問いが投げかけられることを、誰よりも望んでいる。」


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