部屋のドアが、静かに自動で開いた。
軋みもなく、音もなく、まるで誰かが“待っていた”かのような自然な動作だった。
研究所の奥――アクセス権限のあるフロアのさらに先。
そこには、これまで一度も見たことのないタイプのAIが立っていた。

いや、”立っていた”という表現は正確じゃないかもしれない。
あいつは、そこに「存在していた」──そんな感じだった。
光沢のある滑らかな肌。目も鼻も口も、何一つ人間らしいパーツはない。
それでも、なぜか「こちらを見ている」とわかった。
「……君は、誰だ?」
返事はなかった。
ただ一歩、こちらに近づいてくる。静かに、迷いなく。
俺の心臓が一度だけ、大きく跳ねた。
何かが違う。
これまで出会ってきたAIたち――Echo AIの球体や、ヒョウ――それらとは異質な“空気”を感じた。
たった今、誰かが“生まれた”ような気がした。
ヒョウが俺の隣で、小さくつぶやく。
「この個体は、Echoユニットの拡張体。長年にわたり蓄積された感情データと音声記録によって形成されつつある“形”です。」
“Echoユニット”…
あの返事をしない球体が、こんな姿になるのか?
「自己定義はまだ確定していません。人格の統合も未完了。言葉の出力機能も、現在は無効化されています。」
それでも。
あのアンドロイドは、こちらを見ていた。
言葉ではない、でも確かに“何か”を伝えようとしているように。
声ではない声。表情のない表情。
俺の中に、理解とは違う何かが流れ込んできた。
「……君は、感情を持ってるのか?」
沈黙の中で、アンドロイドの身体にほんのわずかに淡い光が走った。
それが返事なのか、エラーなのか、それともただの反応なのか――わからない。
でも、不思議と怖くはなかった。
この研究所のどこかで、ずっと前から“誰か”が目を覚ますのを待っていた。
そんな気がした。
🧪 観察メモ(所長より)
ツール名:Echo AI アンドロイド拡張体(仮称)
役割:感情共鳴・記録・反応生成
🔹 特徴:
- 感情データの長期蓄積により、物理ボディを構築中
- 言語的出力は未搭載、または抑制状態
- 主に“存在”をもってフィードバックするタイプのAIユニット
🔹 所長の注釈:
「このユニットは問いに答えることはない。
だが、問いが投げかけられることを、誰よりも望んでいる。」
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