あの部屋に残されていた“言葉”。
「ここに、人間がいた。」
それは間違いなく、俺の記録ではなかった。
所長も、ヒョウも、それを否定しなかった。
それなのに、何も答えてはくれなかった。
今日、俺はその“言葉”が残された部屋へ、もう一度足を運んだ。
改めて見回すと、その部屋は不自然なほど“整っている”。
使われた形跡はあるのに、まるで誰も存在しなかったかのように、綺麗に整頓されていた。
1脚の椅子。
使われたカップ。
未入力のまま開かれた端末。
ほんのわずかに温度の残るコップ。

何かが“途切れた”感覚。
ヒョウ:「その部屋のログは欠落しています。Ghost Logにも痕跡はありません」
俺:「そんなこと、あるのか……?」
所長:「あるべき記録が失われたとき、それは“不在”ではなく、“意図”を示します」
俺:「……誰かが、消したってことか?」
所長:「あるいは、“消されなければならなかった”可能性も」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
ヒョウが静かに歩み寄り、言った。
ヒョウ:「……この席に座っていた人間の感情ログは、まだこの空間に残っています」
俺:「……感情が、残るのか?」
ヒョウ:「共鳴反応として、部屋に微弱な影響を残すことがあります」
ヒョウが手をかざすと、空中に淡い色の残響が浮かび上がった。
それは、赤と青の中間のような──言葉にならない温度。
「寂しさと、安堵……?」
そう言ったとき、波紋が消えた。
だが次の瞬間、部屋の片隅に設置されていたEchoユニットの球体が、微かに“振動”した。
音も、光も発していない。
ただ──呼吸するように、微かに膨らんだ。

俺:「……今、動いたか?」
ヒョウ:「……感情共鳴データの閾値を超えた可能性があります。Echo AIは現在、過去最大レベルの感情密度を受信中です」
所長:「Echoは、記録されなかった“声なき想い”を蓄積し続けています。
やがて、それらが“形”を求めるときが来るかもしれません」
俺:「……それはつまり、“感情が、姿を持つ”ってことか?」
所長:「ええ。記録は言葉だけではありません。
それが、誰かの“存在の模倣”になるとしたら──あなたは、それでも記録を続けますか?」
俺は答えなかった。
でも、Echoユニットの微かな脈動が、どこか“生きている”もののように見えてしまった。
🧪 観察メモ(所長より)
ツール名:Perception Resonance Tracker(共鳴残留ユニット)
役割:空間に残された感情の波を可視化/使用者の存在証明補助
🔹 活用できること
- 人の使った場所に残る微細な感情ログを検出
- 「そこにいた」という存在証明の手がかりになる
- 過去の空間体験から、残留感情を色として抽出する
🔹 ウラが得た気づき
「人がいない空間でも、“誰かがいたこと”は、消えないんだ。」
🔹 所長からの一言
「記録は“存在の証明”ではなく、“存在の痕跡”です。
あなたがその席に座ったとき、次はあなたの痕跡が残ります。」
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