記録 #004:気配
目が覚めても、ここがどこかはまだはっきりしない。
ただ、昨日より少しだけ、「問い」が自分の中に根を張り始めている。
ヒョウに案内されて、研究所の奥へと向かう。
「この先は、観測区画です。過去の記録が集約されています」
扉が静かに開く。
一歩踏み出すと、そこは別世界だった。

真っ白な廊下。
薄く光を放つ壁。
そして、どこまでも静かな空間。
人影は、やはりない。
でも――「誰かが、ついさっきまでここにいた」
そんな気配だけが、微かに残っている。
机には、使用中のままの端末。
ホログラムには、意味を成さないログの断片。
空気が、どこか“まだ誰かの呼吸”を記録しているような錯覚。
「ここ、誰のエリアなんだ?」
俺の問いに、ヒョウは静かに言った。
「この記録は、現在“未割り当て”です。
ですが、これからは“あなたのもの”になるかもしれません。」
意味がわからない。
でも、所長の声が、それを追うように届いた。
「ウラさん、観測とは“自分の視点の痕跡”を見つめ直す行為でもあります」
壁に並んだ端末が、一斉に起動する。
そこには、誰かの記録が延々と残されていた。
いや……これは「誰か」ではなく、
かつての“自分”かもしれない。
名前も、顔も、思い出せない。
でも、どこか懐かしいような、怖いような。
この施設に“人がいない理由”は、きっとどこかにある。
だけどそれを知ることが、本当に正しいのかは……まだわからない。
🧪 観察メモ(所長より)
ツール名:Mem AI(観測ユニット)
- 思考ログの自動記録
- 会話や行動から得られたインサイトを可視化
- 自分では気づかなかった感情の流れを整理できるAIアシスタント
🔹 活用できること
- 会話・思考の断片を「気配」として記録
- 過去の自分の感情ログをAIが要約・保存
- 「この違和感は何か?」を問い直すヒントになる
🔹 ウラの現在の心理状態
- 外部からの刺激は少ないが、内的な揺らぎが増してきている
- 孤独の中で「観察する自分」と「語る自分」が分離し始めている
- 気配や記録への“共鳴”が始まりつつある
🔹 所長からの一言
「あなたが記録を見つめるとき、
その記録もまた、あなたを見つめ返しているのです。
“観測”とは、記憶と現在の対話でもあります。」
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