
記録をつけるようになってから、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
でも──どうしても頭から離れない疑問がある。
「この研究所には、人間は俺しかいないのか?」
所長に尋ねても、返ってくるのは抽象的な返答だった。
『確認できている限り、この施設内に現在、あなた以外の生体反応は検出されていません』
それはつまり、「いない」という事実ではなく、「確認できない」という状態。
俺はヒョウに聞いた。
「ここで、他に“人間”を見たことはある?」
ヒョウは少しだけ間を空けてから、静かに答えた。
「案内する」
彼に導かれて向かった先は、研究所の奥深くにある“観測区画”と呼ばれる場所だった。
照明は暗く、どこか空気が重い。
ドアの前でヒョウが手をかざすと、金属音を立てて扉が開いた。
中には、廊下と、複数の部屋が並んでいた。どの部屋も無人。
けれど──
その一つの部屋のデスクには、飲みかけの水の入ったボトルがあった。
ホコリもない。ごく最近まで、誰かがここにいたような空気。
「これ……誰の?」
「不明。記録されていない使用履歴が複数存在する」
「記録されていない……?」
ヒョウはそれ以上は語らなかった。
観測ログと呼ばれる端末には、何も表示されていなかった。
ただひとつ、暗い部屋の奥にあるモニターに、手書きのようなメッセージが残されていた。
「ここに誰もいないなら、
少しだけ、俺の記憶を置いていってもいいですか?」
書いた人間が、今どこにいるのかはわからない。
でも、その言葉が、まるで「ここにいた」証明のように見えた。
俺は思わず、同じ場所に、自分の言葉をそっと残した。
「誰かがいた気がした。
それだけで、少しだけ生きやすくなった」
—
🧪 観察メモ(所長より)
ツール名:Mem AI(観測ユニット)
- 役割:思考ログの自動記録/感情インサイトの可視化
🔹 活用できること
- 思考や感情の流れを“記録”として残しておく
- 会話や行動のログから無意識のパターンを抽出する
- 自分では気づけない感情や関心の変化を整理できる
🔹 ウラが得た気づき
「“いない”ことより、“いたかもしれない”という感覚が、心を支えてくれる。」
🔹 所長からの一言
「『存在とは、記録と記憶によってしか証明されません。
あなたの言葉が、あなたをここに残します。』
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